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2025年12月21日

『「べらぼう」最終回、斎藤十郎兵衛=写楽説も。大河ドラマをエンタメ寄りに振る意義 #エキスパートトピ』by「木俣冬(フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人)」

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=>1位コメント
前作と含めて一般的に興味のある人の少ない時代でもこれだけ面白いエンタメが作れるのかということですね。
何より教科書で誰それが何を書いたしか分かってないなかった当時の空気が華やかな色をまとって描き出されたことに感動した。
喜多川歌麿だって普通の人間だっただろうし、人間関係で曲亭馬琴や葛飾北斎がこの辺りの人だったのかも分かって面白かった。

大河のだいご味ってこういうドラマを見た上で日本の史実を描き出すことであってそういう意味でも大変すばらしい作品だったと思います。

=>2位コメント
江戸時代に吉原で育った蔦屋重三郎の生涯をかけて取り組んだ「書をもって世を耕す」想いが、本をはじめとするエンタメを通して令和にも繋がってるんだよってことを、令和も見守ってるであろう九郎助稲荷が伝えてくれた物語のようにも思えます。最期まで作家さん達への遺言のようなプロデュースの言葉があり、後の…に繋がっていくのだと思います。
蔦重らしい最期だなと思いました。
べらぼうに面白かったです!

=>3位コメント
戦国武将による戦争や政治を中心に描かれてきた通常の大河は「日本人」というより「日本」を描いてたと思います。同じ方法で近現代を描くと政治家や自衛隊ばかり登場するのですからスポットライトの当て方が特殊です。

しかし「べらぼう」は近世の日本人の日常生活や日々の悩みなどを詳細に描いてくれたので、今後の大河が再び戦国武将の物語に戻っても、その時代に生きる人々の顔や感性がこれまでよりも想像しやすくなると思います。

そういう意味で文化人の大河をやり切った「べらぼう」は意義深い作品だと思います。個人的にも文化人中心のストーリーは昔から望んでた題材なので嬉しかったです。

=>4位コメント
吉原の引手茶屋の養子だった青年が、天性の人たらしと閃きで道を切り開き、やがて日本橋の大店の主人にまで上り詰めるまでを描いた大河ドラマ
類を見ない天才的プロデューサーの最期にふさわしい、見事な終幕だったと思います

合戦も起こらない時代ではありましたが、蔦重のサクセスストーリーを軸に、吉原の女郎達が味わう悲哀や、幕閣内で蠢く権謀術数や暗殺など、本当に見応えのある作品でした
蔦重の快進撃に喝采を送ったり、沢山の人達との出会いと別れの悲喜こもごもを蔦重と共に喜んだり悲しんだりしながら、毎週日曜日は自分も江戸に生きているような錯覚を楽しんできました
愛すべき主人公の周りには、愛すべき仲間達が集い、その仲間の魅力と才能を最大限に引き出す蔦重の手腕に唸った一年
べらぼうに面白い作品を届けてくださった皆様、まことありがた山です

コメント欄でやり取りさせていただいた皆様にも御礼申し上げます

=>5位コメント
大河ドラマでも「江」はついていけなかったが、とかく英雄・権力者が題材に扱われやすい中にあって、「べらぼう」は蔦屋重三郎を介して江戸の庶民の生活の厳しさ、その一方で、したたかで明るさを失わない側面、狂歌や戯作などの文化を通じて武士も一緒になって楽しみ創り上げていった事実にも光が当てられている点で画期的だったと思う。

【ヤフコメへのコメント】
コメ数101、1位コメの「共感した」数は939。
「共感した」数が多い順に5つピックアップ。

「「べらぼう」最終回、斎藤十郎兵衛=写楽説も。大河ドラマをエンタメ寄りに振る意義 #エキスパートトピ」12/15(月) 6:01の木俣冬(フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人)の記事。
(尚、このニュースはこちら:消えていれば削除されていますのでご了承ください。)
posted by ber at 01:19| 【 大河ドラマ べらぼう 】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする