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2025年12月21日

『『べらぼう』が大河ドラマだからこそ描けたこと 一橋治済の最期に詰まった“物語の強度”』by「リアルサウンド」

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=>1位コメント
歴史評論家が史実と違うと不満を口にしていた記事が記憶に新しいけれど、べらぼうの振り切り具合は歴史を忠実に描くという枠からは外れてもドラマとしての見応えを重視していて、これも正解だよなと思わせてくれた。
あそこまで毒使いとして描かれ憎まれ役となって、史実の通りにで描こうとするとドラマとしては消化不良で終わらざるを得ない。
そこをドラマであることに振り切って退治されて終わる、それも天誅のような脳天への落雷というそれは芝居じみた終わり方が逆に痛快。
母もスッキリして良かったわとわざわざメールしてきたくらいだ。
史実ではなくドラマ、大河の可能性としてアリだと思う。

=>2位コメント
賛否両論有るでしょうが、あれはあれで良かったと思います。

他でも書きましたが、私も永年の「大河ドラマ」ファンとして巨悪がのさばり蔦重は志半ばで早逝する史実に沿った展開を予想し観念的なモヤモヤしたエンディングになると思ってました。

あの奇想天外の展開と粋な大団円には「大河ドラマ」的にはどうかと思いつつやはりドラマは特に「時代劇」は勧善懲悪でスッキリと終わって欲しいと言う感情的なものが勝りましたね。

葛藤はあった様ですが、脚本の森下さんが「視聴者のカタルシス」の方を重視した事は大正解だったと思います。

=>3位コメント
史実通りにこだわるより史実をベースに面白おかしく仕立てるのがドラマにする醍醐味!
治済に眠り薬を飲ませてソックリさんと入れ替えるのはラスボスをやっつける爽快感があったが、さらに落雷による天誅&傍らには源内先生って!
創作極まれりで史実警察にドラマの面白さを叩きつけているようだった。
しかも写楽の正体として定説となっている斉藤十郎兵衛につなげる見事さ!
べらぼうは本当に楽しいドラマで1年間追いかけてきた甲斐があった。
蔦重はもちろん、吉原の花魁と忘八、蔦屋を取り巻いた本屋仲間と作家絵師の面々を生き生きと写し出し、すべてのキャラが愛おしい。
私のなかでは歴代一の大河ドラマでありました。

=>4位コメント
蔦重が、いろいろな差別や妨害に負けず、アイデアを駆使してのし上がっていく頃は面白かった。
史実と違う論争は毎年のようにあるけれど、歴史に疎い自分は、大河で初めて知る事も多いです。歌麿をはじめ、山東京伝、十返舎一九、滝沢馬琴、そして北斎など、凄いメンバーが皆んな同時代の人だったんだ、というのがべらぼうで一番の収穫でした。

=>5位コメント
とかく専門家は史実と違う!と言う。その通り、これはドキュメンタリーでも、ノンフィクションでもない、ドラマなのだから、創作はあって当然。それを言い始めたら、逆転大奥などあってはならないくらいあり得ない。しかし、なかなかの好評だった事を考えると、視聴者は分かった上で面白いと思い見ている。なので、史実との違いの指摘はあっても、シナリオに真っ向からケチをつける、批判のような物言いは無粋でしかなく、それはもうただの悪口でしかない。立派な肩書きが台無し。むしろ、史実を踏まえ諸説ある話には創作を加え、視聴者の想像力を刺激する、脚本家の力量を賞賛すべきだと思う。とはいえ、好き嫌いは何にでもあるもの。批判を全て否定はしないが、ドラマに対して史実は〜!を振りかざすのは、野暮である。

【ヤフコメへのコメント】
コメ数43、1位コメの「共感した」数は347。
「共感した」数が多い順に5つピックアップ。

「『べらぼう』が大河ドラマだからこそ描けたこと 一橋治済の最期に詰まった“物語の強度”」12/21(日) 6:30配信のリアルサウンドの記事。
(尚、このニュースはこちら:消えていれば削除されていますのでご了承ください。)
posted by ber at 02:01| 【 大河ドラマ べらぼう 】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする